庚申堂

 

天和元年(1681)に立山長老に建てられましたが、現在の建物は、天保十二年(1841)に再建されたものです。この地方にある庚申堂の中では最も大きく、堂々たる鬼瓦が目を引きます。境内には、見ざる、聞かざる、言わざるの三匹の猿の陶像があります。須弥壇(しゅみだん)の上には厨子が固く扉を閉ざしています。この厨子は六十年に一度開帳される秘仏で、地域では今もこれを守っています。

三尸の虫

庚申信仰は平安時代に中国から伝わり、江戸時代になると民衆の娯楽と共有して盛んに行われるようになりました。その教えは中国の道教から生まれたもので、「三尸説(さんしせつ)」と呼ばれます。人間の体の中に住んでいる三尸という虫がその人の行いの全てを監視し、庚申の日に人間が眠った隙に体から抜け出して天に昇るとされています。天に昇った三尸は天帝にその人の悪行を全て報告し、それをもとに人間に天罰が下されます。そこで三尸の虫が夜中に自分の体から出て行けないように、一晩中起きて青面金剛をまつり、持ち寄った料理や酒を飲みながら夜を明かしていました。このような庚申信仰も時代とともにレクリエーション的傾向が強くなり、飲食だけを楽しむお日待ちになってきています。

見ざる、言わざる、聞かざる…もう一匹?!

全国の庚申堂に「見ざる、言わざる、聞かざる」の三匹がいますが、白須賀の庚申堂には実はもう一匹猿がいます。論語(孔子)の「礼にあらざるもの視るなかれ、聴くなかれ、言うなかれ、行うことなかれ(=せざる)」、または、庚申信仰(庚申の夜は身を慎んで徹夜し女性を避ける)の「同衾せざる」から来ているそう…??

所在地