本学寺(紅葉寺)


紅葉寺はもともとは紅葉山本学寺という曹洞宗の寺で、地蔵菩薩を本尊として祀り、白須賀にある蔵法寺の末寺でした。明治期に神社が行った取調べの記録によると、鎌倉幕府四代将軍源頼経が上洛の際にこの地の長者の家に滞在した際に頼経の世話をした長者の娘が、後に鎌倉に召し寄せられ、頼経の死後にこの地に戻って出家し、正嘉二年(1258)に頼経の菩提を弔うために建立した寺が紅葉寺とされています。紅葉寺と本学寺との関係は、江戸時代に書かれた『浜名橋考』によると、「足利義教公橋本の寺に入らせ給ひて風景を愛し、紅葉を賞し給ひしより紅葉寺と云う名あり、其後頽廃せしを本学といふ僧再建して今は本覚寺といふ」と記されています。現在寺の建物は残っていませんが、石段や供養塔などが整備されています。

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