応賀寺

 

応賀寺の開基は古く、神亀年間(724~728)と伝えられています。薬師堂前の宝物館には貴重な文化財が多数保管されています。鎌倉後期の作といわれる木造四天王立像(持国天、増長天、広目天、多聞天)は本尊の薬師如来横に安置されています。さらに、明治の廃仏毀釈で廃寺となった舘山寺の木造阿弥陀如来坐像ほかいくつかの仏像が祀られています。また、寺院の入り口に吊るして打ち鳴らす鰐口もあり、これには「遠州大賀寺永享五年(1433)作」と銘があります。

頼朝と橋本の娘

建久元年(1190)上洛の途中橋本宿に滞在した源頼朝が長者の娘を愛し、その娘に下賜したという扇子と団扇が応賀寺に残されています。頼朝の死後、娘は尼となり、名を妙相と改めてこの寺を建てたといわれています。妙相の守り本尊とされる毘沙門天立像を応賀寺に奉納しました。この像の胎内から文永七年(1270)という記述がある「夢想霊記」という妙相の文書が見つかっています。

所在地

湖西市新居町中之郷68-1