寄馬跡


江戸時代の宿場には公用荷物や公用旅行者のために人馬を提供する義務があり、東海道の宿場では常に100人の人足と100匹の馬を用意していました。しかし、交通量が多い時には助郷制度といって、近在の村々から人馬を寄せ集めて不足を補いました。寄馬跡は、そのときに寄せ集められた人馬の溜り場になったところです。

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